負のスパイラルの中にいることはわかっているが解決策が分からない。考える。
おそらく全く動かないという対策が1番なのだがそれをやる胆力はない。
要するに負のスパイラルの階段を転がり落ちる速さよりも速く、自由落下で降りれば脱することが出来るのだろう。

逆張りをやっていて最終的に疑問になるのは、全てが逆なのだとしたら、逆張りこそが逆に順張りなのではということだ。

以下本編

就活がしたくないと言っているのは退行欲求であって、おそらくは幼少期の体験が尾を引いている。退行の要因は、特に幼少期のであるが、もちろん今のを含む、親との関係性にあると考えるのが心理学、教育学の筋である。省察として、これを書きたい。

幼少期は毎日習い事の日々で、小学校受験もした。公園で遊んでいても塾の時間になれば、友達と別れて、塾に行った。
ロジェ・カイヨワより、遊びとはあらゆる人間性の本質であるとは全くその通りで、私は人間性の獲得機会を喪失することの代わりに、何かを得たらしいが、全く人間性を得たかったものだ。

早生まれなのが祟ってどの習い事でもびっくりするくらいビリをとることが多かった。水泳も、体操もサッカーも絵の習い事も、常に一番下手だった。小学校受験の成績は良かったらしい。そんな頃からつけられる成績とは一体何なのだろうか。(WISCという知能テストでは、おそらくは小学校受験の訓練の賜物で、99%タイルを超えていた。つまり、知能テストは意味ない。)

母は田舎の人で、小学校受験については何も知らなかった。父方の祖母の意向によるものだった。母は何も分からなかったので、全てをやらせようと思ったのだろう。遅い時の子供で、しかもやっとできた子供だったので、一度きりしかないとも思ったのだろう。
6歳以前の母の印象は、青白く、痩せていて、怒っている、怖いという印象だ。ある種病的であったのかもしれない。小学校受験も親子愛の一つの形態であったのかもしれないが、今の私には暖かい愛には見えない。

結局、小学校受験の第1志望(6歳ですでに私は志望しているらしい)には落ちた。おそらく、母にとっては、日本死ねどころの騒ぎではなかったと心中を察する。ショックすぎてなのか、あるいはショックというものを味わうにはまだ幼すぎてなのか、記憶が曖昧だが、落ちたということは、世界に見放されたという感覚に似ていた。

神に救われたということは、ただ呪いをかけられたに過ぎないことがある。6歳の春、私は、国立の小学校に70倍の抽選に通ることによって、入学する。全ての人間に幸運であると喜ばれたが、全く当事者にとっては呪いに過ぎない。また、呪いは呪いの姿をしておらず祝福の形で現れることをまだ知らなかった。自身が幸運な人間であるということは、選民意識に繋がり、特別ではなくなった今、特別にならなければならないという焦りにしか変換されない。
躁鬱になり、大学受験に落ちた時に母方の祖母に言われた「今までが幸運すぎただけだ」という言葉は、全くその通りで、年の功を感じた。満洲から逃げ帰ってきたその人の人生の厚みが違うと思った。

小学校時代は、登校に1時間かかり、その間ずっと読書をしていた。母が働き始めたことをきっかけに、学童保育の代わりで、塾に通うようになるのだが、そこで、良い成績をとったことから、小学校受験でのコンプレックスを取り返すように猛然と勉強にハマる。
このことと、国立の小学校では周りのハイソさに馴染なかったことを理由に、中学受験を志望することになる。

良い話としては、母が仕事をきっかけに健康さを取り戻したことがある。また、小学校受験を深く反省し、私に対する態度が変わった。過剰と言えるほど愛を感じたし、思えば今に至るまでなんでもやらせてくれている。

ただ残念な話、この6歳までの愛の欠乏と、6歳以降の愛の過剰の理由を、勉強の成績と結び付けてしまった。つまり、愛と成績が双方向の因果関係にあるように認められたのだ。
勉強は愛を獲得するための手段になっていたのかもしれない。

ここで父との関係について話すと、父とは20歳になるくらいまで、1週間に一度挨拶をすれば良い方、なんなら同居人としか思っていなかった。父から受けた影響は否定的なものが多く、父の好きな服やインテリア、野球は、嫌いになった。

そろそろ本題に戻ると、就活がしたくない、さらにいえば大学受験がしたくないという退行状態になったのは、幼少期の愛の欠乏が原因であると考えられる。退行すれば愛がもらえる、勉強すれば愛が貰えるということが今は悪い学びとなって、作用している。

自分か正常な能力を奪ったのは誰か。人のせいにするなという意見もあるだろうが、母によるところも大きい。小学校受験は、遊びによる自立心と成功体験による自尊心と健全な親子愛を奪った。その指揮責任は少なくとも私では無い。ただ、私は母には感謝しているし、今更恨むまいとは思う。
自尊心の喪失は他者基準での自己評価を招き、過度な明るさ、自己開示、本来の自分から離れた痛々しさを作った。もう少し早くそれに気づいてなにかできていらと思うこともある。
しかし、今の自分がやるべきことは何か。それは、退行の理由である母からの脱出、つまり、脱胎であろう。

今年の夏は家には帰らずどこか違うところに行こうではないか。少なくとも親の元にいるとさらなる退行が生じて就活が嫌だどころの騒ぎではなくなるだろう。勉強もおそらくは退行が生じている間は上手くいかないだろう。小さな努力や継続を支配する、大きな発達の流れというのは確かに存在していると感じる。
乗り越える課題は山積しているがその概型は掴めた、それだけが救いである。また、やっとこれだけのことが勉強して見えてきた、分析できるようになった、このことも嬉しい。
長い人格変更に伴う顛倒と鬱もそろそろ明けるのではないか、その兆しが見えている。共同体との共約、つまり、社会復帰、like a 就活や恋愛といったライブイベントへの復帰が待ち遠しい。

はてなブログの元記事