小さい頃に好きだった宇宙の本を捨てたので、供養としてブログを書く。
宇宙が好きだった。正確に言えば探査機が好きだった。宇宙の半径にしか使われないような大きな数字が好きだった。本によって微妙に伸び縮みする宇宙は、(wikipediaで調べてみると、直径と半径を取り違えているなど誤解に満ちた数字が多いらしい)水風船のような感じだ。もう今の自分にはそんな不安定さは抱えられなくなってしまった。ゴールデンレコードも好きだった。パズルみたいな仕組みになっているんだと幼いながら人類の叡智に何故か鼻高々だったのを覚えている。レコード状でいて中には音声が詰まっているというのも人間に関する音声の特殊性を感じて気分が良い。書は言を尽くさず、言は意を尽くさずか。
好きな概念にスイングバイがある。スイングバイとは人工衛星の加速・減速手法で、天体の運動と万有引力によって行うため推進剤が節約できるとても便利な手法だ。この概念が好きな理由に、まずその便利さやそこに絡む人間ドラマなども挙げられるのだが、人工衛星と惑星というオーダーの違うもの同士がエネルギーをやり取りをしているということがまず好きだ。そして、大いなる引力によって、ある意味逆説的に人工衛星の太陽系脱出などという状況を生み出すのも面白い。人というのはヘーゲル弁証法的解釈によれば外へ出ていきながら自分を振り返るといった否定の運動をする主体と言えるが、人工衛星にもその意思が通底してることを感じる。人工衛星=人が太陽を脱出したように人工衛星も人から分離するのだろう。初めての地球外生命体が人類の手で生み出されるとしたら素敵じゃないか?
余談として、東洋哲学におけるレンマ(Wikipedia)は西洋哲学の矛盾とは異なるが、この人工衛星の話はどこか東洋的な香りがする。
惑星とのエネルギーのやり取りのなかで、重要に感じることは、人工衛星はほんの少し惑星の運動を変えていることだ。好きだった本を捨てる矛盾は何かをほんの少し動かすエネルギーへと変わっていると思える。私にとっての人工衛星は人間の生への賛歌だ。